職業柄、海外ミステリーはわりと読むほうだが、ここ数年、ノンフィクションでミステリー仕立てと言ってもいいような興味深い作品が増えていると思う。まさに、事実は小説より奇なり。今回はそういうノンフィクションを2冊紹介したい。
まず、『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(ドニー・アイカー著、安原和見訳、河出書房新社)。
1959年の真冬、旧ソ連のウラル山脈で登山をしていた若い男女9人が不可解な死をとげた。設営していたテントを内側から引き裂き、雪の斜面に裸足や薄着で飛び出して、負傷や低体温症などで全員死亡したのだ。死因はいまも謎に包まれていて、雪崩、先住民の犯行、近隣の軍施設の実験、はては超常現象や未確認生物まで、さまざまな説が唱えられている。
著者はアメリカ人のドキュメンタリー映画監督で、みずから事件の現場にも赴いて、真相に迫っている。本書で彼が主張する死因は説得力充分で、不可能犯罪の大家ジョン・ディクスン・カーのトリックを髣髴とさせる。
もう1冊は、『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』(デイヴィッド・グラン著、倉田真木訳、早川書房)。
『死に山』が謎解きの逸品だとすれば、こちらは社会の闇と人間の業(ごう)について深く考えさせられる名作だ。
1920年代のアメリカ、オクラホマ州。白人たちによって保留地に押しこめられた先住民のオセージ族は、そこでたまたま大規模な油脈が発見されたことにより、非常に裕福になっていた。しかし、そんな先住民が次々と銃殺、毒殺され、連邦の捜査機関(後のFBI)に捜査を依頼しようとした人も殺されるなど、短期間に不審死が20件以上続いた。州警察では解決できなかったこの連続殺人事件に、ようやく特別捜査官が乗り出すと、次第に人として恥ずべき犯罪が明らかになってくる。
そして、一応の解決と思われたのち、著者による現代の調査で、さらに巨大な陰謀が示唆される。このあたりの展開は、フィクションでもかくやというほどダイナミックだ。くわしくは書けないが、人種問題に関心のあるかたは必読です。
【執筆者プロフィール】
加賀山卓朗(かがやま・たくろう)
1962年生まれ。翻訳家。おもな訳書に、『スパイはいまも謀略の地に』(ジョン・ル・カレ)、『ヒューマン・ファクター』(グレアム・グリーン)、『夜に生きる』(デニス・ルヘイン)、『大いなる遺産』(チャールズ・ディケンズ)、『チャヴ』『エスタブリッシュメント』(オーウェン・ジョーンズ/依田卓巳名義)などがある。